「山あいの城下町-織田藩の町丹波柏原-」
2007年6月27日〜7月3日に東京京セラ・コンタックスサロンで発表しました。
京都写真美術館のアーカイブスに収蔵されています、そちらでごらんください。
トップページに戻る
JR福知山線で大阪を立ち、三田駅を過ぎ中国山地の東端のトンネルをくぐると、山あいの小さな城下町が現れる。その町が丹波柏原(かいばら)である。
織田氏宗家は、本能寺の変で織田信長とその嫡男信忠が自害し、信忠の子秀信は関が原の戦いで西軍に組して滅亡するが、信長の次子信雄の子孫は大名として明治維新まで存続した。その城下町が柏原である。
柏原は標高の低い山が囲む盆地の中にあり、人口が約一万人程度の小さな町である。また、江戸初期から続く城下町としてのたたずまいを町のそこここに残している。
古い土塀や大きな老木などには、流れていった長い年月が刻まれ、町の景色に溶け込んでいる。そこには歴史の風雪に耐えたもののみがもつ凛とした気品ある風姿がみられる。
その時の流れや人の生活のあとを追ってみた。
なお、この
これらの写真のほとんどは